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2019.0719 O.A 釧路市こども遊学館 多胡学芸員 「アポロ11号月面着陸から50年」 [motto museum]

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今から50年前の1969年7月20日は人類至上に残るあの出来事があった日です。1969年7月16日アポロ11号は3人の宇宙飛行士を乗せ、地球を旅立ちました。打ち上げに使われたサターンV型ロケットは全長110m、これは30階建てのビルのような大きさとか。そして重さが3000トン。史上最大のロケットでした。アポロ11号は、地球を周回した後、月に向かいますが、司令船と着陸船から成り立っていて、月着陸の時には分離する仕組み。司令船コロンビア号にはコリンズ操縦士が残り、アームストロング船長とオルドリン操縦士が着陸船イーグル号で月面に着陸しました。(日本時間は7月21日の朝5時17分40秒に月面着陸成功)二人が月面を歩いたのが日本時間7月21日午前11時56分のこと、この様子は全世界に月から中継され、月面に着陸船のはしごをつたって降りる姿と「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」というあまりにも有名なアームストロング船長の言葉が世界中の人の心に響きました。人類史上初の月面着陸という偉業を一説には全世界で約6億人の方が固唾を飲んでテレビやラジオで見守ったそうです。その後7月24日に地球へ無事生還しました。
アポロ計画は、アメリカ航空宇宙局(NASA)による人類初の月への有人宇宙飛行計画で、1961年から1972年にかけて実施され、全6回の有人月面着陸に成功したのです。アポロ1号からスタートし、アポロ17号がラストとなりました。その17号は現在までのところ、人類が他の天体の上に降り立った最後の事例となっています。7月17日は満月でした。だんだん遅い時間に東の空から月が昇る様になります。晴れていたら空を見上げて、今から50年も前に月に人が降り立ったことに思いを馳せてみてはいかがでしょう。
http://kodomoyugakukan.jp/

2019.0712 O.A 釧路市立博物館 加藤学芸員 「植物図鑑のオススメ」 [motto museum]

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よく「どういう図鑑を選んだら良いのですか?」と質問を受けることが多いそうで、今回は加藤氏オススメの図鑑を沢山スタジオにお持ちいただきました。もちろん植物に特化して。まず、基本の図鑑として梅沢俊氏「新北海道の花(北大出版会)」これは素人の方でもわかりやすい内容。というのは花や植物の色で分けてあるのです。黄色い花、白い花、赤い花等々花の名前を知るための、花の色で引く図鑑です。特徴も取り上げてあり、詳しい解説もついています。そこから少し上を目指す方へは、梅沢俊氏「北海道の草花(道新出版)」。少し大きめです。写真は全体像とアップのもの、デザインも見やすくなっています。お家に帰ってゆっくり見るというタイプかもしれません。そしてもう1冊は「北海道樹木図鑑(亜璃西社)」。街路樹等も収録してあります。葉、冬芽、タネなども載っていて見ていても面白く使いやすいそう。図鑑ですからどうしても価格としてはお高めです。そんな中、気軽に手にすることができるのがハンドブックタイプのもの。文一総合出版の「ハンドブック」シリーズはタンポポ、サクラ、シダ、雑草の芽ばえなど、1冊丸ごとその植物についてわかる内容になっています。ただし、こちらは北海道にないものも多く載っているそうです。他には専門的な図鑑もお持ちいただいたのでご紹介いただきました。「日本の野生植物」シリーズ 改訂版全5冊。新北海道の花などで分からなかったものを詳しく調べるための図鑑。検索表をたどって名前を調べる事ができるそう。専門用語が容赦なく書かれているので慣れていないと使いづらそう。さて、図鑑にも新たな波が来ているそうで、今までは植物の分類は形から系統を考察する形態分類だったのですが、現在はAPG 遺伝解析による分類に変わって来ているそう。現在は混在しているので調べるのがとても大変だと加藤氏はおっしゃっていました。
https://www.city.kushiro.lg.jp/museum/

2019.0705 O.A 北海道立釧路芸術館 藤原学芸員「初めまして!!」 [motto museum]

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今年4月から釧路に。出身は旭川。高校まで旭川で過ごし、大学は東京へ。小さい頃から家族で美術館やギャラリーなどに出かけることが多く、特にお母様とよく出かけていらっしゃったそうで、美術という枠組にとらわれず身近に接していたことも影響しているのかもしれません。お茶の水女子大学の文教育学部で美術史を学んだそうです。当時は近代フランス、19世紀末から20世紀初頭の美術、いわゆる印象派と呼ばれるルノワール、モネ、セザンヌ等々。他にはジャポニスムと呼ばれる作品、工芸なども興味があったそう。その後北海道に戻り、働き始めが北海道立帯広美術館でした。そして札幌、帯広、札幌と転勤し、この度釧路に初めていらっしゃったのです。数多くの展覧会の企画を立案、携わっていらっしゃったので、印象深かった展覧会について伺いました。札幌 近代美術館で開催した「アミューズランド」という展覧会は子供から大人まで楽しむことのできるもので、見て楽しめる仕掛けや作品を紹介する内容でした。この時には夢をテーマにした展覧会をいつかやってみたいと思っていたそうで、それを実現した形になったのです。藤原氏が大好きなサン=テグジュペリの「星の王子さま」に出てきたウワバミに象が食べられてしまうシーンと近代美術館収蔵の国松登の象が出てくる作品とイメージが合い、そこからストーリーを展開させたそう。国松登の作品から子象が飛び出し、夢の中で色々な作品にあい冒険をして、また作品に戻るというもの。想像する楽しさを感じて欲しかったと。苦しかったけれど楽しかったと振り返って教えていただきました。「道東は自然がクールで美しい。海や湿原、ヤチボウズなどなど。いつか自然とかかわる美術の企画をやってみたいです。」
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2019.0628 O.A 釧路市立博物館 貞國学芸員 「カラスよもやま話」 [motto museum]

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ヒトが狩猟をしていた昔々からカラスはヒトを利用していたそうです。ヒトがとった獲物の残りを食べたり、余り物を狙っていたそうで、今も変わらない姿がそこにはあったそうです。カラスはヒナが飛べる様になるまでに2ヶ月。まずは運動能力が備わり、生きていく能力、知能が備わるまでに1年ほどかかるそう。カラスを研究している貞國氏が思うカラスの生態ですごいと思うのは、やはり記憶力が良い事。お腹がいっぱいになり、でもエサがある時には食べ物を色々なところに隠すそうです。例えば、パンや魚や木の実などを電柱のカバーに挟んでとか、屋根の隙間とか、雪山に入れたりするそうです。それを覚えているそうですが、たまに「あれ?ここに入れたのに・・」と探す姿も見かけたとか。さらに彼らは遊びをすることでも有名です。それは生活に余裕があるからかも・・とおっしゃっていましたが、雪山を滑ったりもするそうです。仰向けで頭から滑るそう。足から滑ると足が引っかかってしまい、うまく滑ることができないから。まるで人間みたいです。さて、この時期は、カラスにとって子育ての時期なので、ヒトがカラスに襲われるというニュースを耳にしたことがある方も多いと思います。ヒトを襲うのは大体がハシブトガラスとのこと。まずは警戒行動をとるそうです。普段は澄んだ声で鳴くハシブトガラスがものすごい声で鳴いたり、木の枝や葉をつついたりする事があったら要注意。巣が近くにあるので近づかないこと。もし万が一カラスの襲撃にあったら目を見たら良いと。すると彼らは襲うことはないとか・・・。そして傘を持っていたら傘をさす。それがなければ両手を高くあげること。少しでもカラスからの襲撃を回避できるそう。そんなカラスの企画展が始まります。彼らの魅力、生態等色々な角度から身近なカラスを感じてみませんか?
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2019.0621 O.A 釧路市立美術館 佐藤学芸員 「はじめまして!」 [motto museum]

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今年の4月から釧路にいらっしゃった佐藤氏。だいぶお仕事にも慣れてきたそうです。出身が千葉の茂原市。釧路と同じ太平洋側ですが、気温は相当違います。大学時代は札幌。そこで7年過ごされたそう。大学では、日本美術史、特に絵馬の研究をなさっていたそうです。絵馬というと合格祈願とか、願いごとのために、または願いごとのかなったお礼に、神社や寺に奉納するものを想像する方が多いと思います。私もそうだったのですが、実はもっともっと大きな1メートル以上もあるものもあるそうです。当初、近代史を勉強していて、そこに出てくる物語からの流れで絵馬に辿り着いたそう。古事記や日本書紀に出てくる「神功皇后三韓征伐」という物語です。これは神功皇后が新羅出兵を行い、朝鮮半島の広い地域を服属下においたとされる戦争を指すそうです。これに関する絵馬が全国にたくさんあり、北海道にも存在するとのこと。釧路地域にあるかどうかはまだこれから調査を進めるそうです。この絵馬の他にも絵巻もあり、それも含めて研究なさっていたそうです。釧路では、港町・炭鉱の町・レトロな町という印象があり、その釧路を美術で町おこしができたら・・と今は考えているそう。「なんとなく懐かしい感じがして、私は好きなんです。」昭和歌謡の伴奏をしたり、イラストを描いたりするのがお好きとおっしゃる佐藤氏。他にも頭の中にはたくさん挑戦してみたいことがあるみたいですから、今後釧路でどのような活動をなさっていくのか楽しみです。次回からは絵馬について色々と詳しくお話しをしていただく予定です。
https://k-bijutsukan.net/

2019.0614 O.A 釧路市埋蔵文化財調査センター 高橋学芸員 「両頭石槍??」 [motto museum]

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スタジオに大きな黒い槍のようなものを2つお持ちいただきました。今回はそのお話しです。そもそも石槍は獲物を捉える為に使うもの。ただ、お持ちいただいたものは実は2つで1つになるものなのです。何かの拍子で中央部分から折れてしまったみたいです。ではこれは一体どう使うものなのでしょう?槍として使うのでなければ飾り物みたいなものなのでしょうか?北海道内では両頭石槍と呼ばれるものは40点ほどが出土されていて、広く道内に分布しているそうです。ただ、見つかっている場所から考えると、祭事ごとに使われていたのでは?と想像されるそう。釧路周辺でも達古武湖畔からも見つかっています。今回スタジオにお持ちいただいたものは、実は去年5月に音別の方から寄贈されたものなのだとか。音別で山菜採りに行った時に見つけ、それを寄贈なさったそうです。大きさとしては、2つが繋がった状態で20cmほどの長さがあり、太さが太いところで6cmくらい。結構大きな感じがしました。音別のポンピラ遺跡という場所の近くから見つかったそうですが、ポンピラ遺跡は擦文土器が出土しているところです。擦文時代は本州の文化の影響を受け、それまで使われていた縄文のついた土器と石器が見られなくなります。この時代を擦文文化と呼び、7〜12世紀頃まで続いたそう。ただ、高橋氏は音別で見つかった両頭石槍は擦文時代のものではなく、縄文時代の中期っぽい感じがすると・・・。なぜなら加工の仕方が大胆というか荒っぽいと感じるからだそうです。確かに黒曜石でできた両頭石槍、みるからに石を削った跡などは荒っぽい感じがしました。ということはポンピラ遺跡をさらに調査してみると他の遺物も見つかる可能性もあり、時代についても新たな発見につながるかもしれないということなのでしょうか・・・。
https://www.city.kushiro.lg.jp/museum/maibun/shisetsu/1001.html

2019.0607 O.A 釧路市こども遊学館 角田学芸員 「左腕の骨だよ〜」 [motto museum]

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今回はヒトの左腕の骨格標本をスタジオにお持ちいただきました。結構太い!と感じました。
肩から肘までを上腕、肘から手首までを前腕と言います。この前腕は動物によって違うそう。前腕というのは尺骨と橈骨の2本でできています。なぜ2本かというと、手のひらを反す動作をするためにあるそうです。かつ反りが必要な動作のためです。例えば、ヒトやサル、ネズミやモグラは2本になっています。穴を掘ったり、手を複雑に動かすことができる様に。それに対し、まっすぐ早く走るために2つが1本にくっついたものがウマ、ウシの仲間。ですからここの部分の骨を見ることで、どういう動作をする動物なのかが判るという訳なのです。続いて肘。肘を触った時の固いところは肘頭と呼ばれていて、尺骨の一部で程よく鋭く、骨なので固いのです。肘で殴られるのは骨で殴られているようなもの。ですからエルボーは痛いということの様です。実は角田氏は空手も合気道も初段。彼女がやっていた空手の道場では肘を使って技をかけることは危険なので禁止されていたそうです。続いて手首を入れた手について。一体手には何個骨があるでしょうか?数えたことがある方はまずいらっしゃらないと思うのですが・・・。片手には27個の骨があるそうです。両手だと54個。足も同じくらいですから手足だけの骨の数は100個を超える数となるのです。全身の骨の数は大体200個。ということは全身の骨の約半数が手足にあるという訳なのです。この比率はどの動物でも大体同じだそうです。さらに、手首はとても複雑で、骨格標本を作るときに一番大変な思いをするそうです。今一度自分の手足をじっくりと見つめてその動きに注目してみてくださいね。
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2019.0531 O.A 釧路市立博物館 城石学芸員 「動物のアイヌ語名」 [motto museum]

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博物館の常設展示室の動物と鳥のキャプションに英語名とアイヌ語名を追加することになったそう。和人よりも長い年月、北海道の動植物とともに暮らしてきたアイヌの人々がそれをなんと呼んでいたのかというのは、郷土文化の一部として、未来に引き継ぐべき大事な遺産なのです。さて、それをどうやって調べるのか?が問題となりました。城石氏は主に、知里真志保氏の「アイヌ語分類辞典」と更科源蔵氏の「コタン生物記」などの書物を参考になさったそう。同じ動物でも地方によって方言の様に呼び名が違うものが沢山あるそうで、釧路から近い地域の方言を優先的に、記録のある名称を記載したそうです。この名前はどういう事でつけたのでしょう?大きく分けて3つほどあるそう。一つは見た目や鳴き声から。二つ目は住んでいる環境に依頼するもの。そして、三つ目は、生き物の習性に由来するもの。例えば、シジュウカラ。これはアイヌ語ではクンネパケと言います。「黒い頭」という意味で、見た目からつけられています。次にウソ。アイヌ語ではシケレぺチリと言います。「キハダの木のところにいる鳥」という意味だそう。まさに住んでいる環境そのものが名前としてついています。そして、エゾクロテン。アイヌ語ではカスペキラと言います。「しゃもじを持って逃げる奴」という意味だそうです。テンはアイヌの家に入って色々なものを盗む動物だったそう。さらにクマの料理人とも言われていたそうで、そんな事からカスペキラと呼ばれたのです。テンの習性が元になってつけられた名前です。意味を知ることで動物がグンと身近に感じます。
動植物のアイヌ語の名前は日本語での現在の分類と一対一で対応していないそう。アイヌ語だけに囲まれて生活していたかつてのアイヌの人々の世界観が、現在のそれとは全く違うという事がそこからもわかってくるのです。
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2019.0524 O.A 北海道立釧路芸術館 中村学芸主幹「切り離されていること」 [motto museum]

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今回は現代美術の作家の言葉「切り離されていること。それがランドアートの本質なのだ。」からお話しは広がりました。ランドアートとは、アースワークとも呼ばれ、主にアメリカとイギリスの作家が中心となり、1960年代後半から70年代にかけて起こった美術動向のことを言うそうです。風景をテーマにしているのですが、風景画の様にイメージを描くのではなく、現実の空間の中で作ったり、何かをするというもの。素材は土、石、水、植物、空気など。砂漠や大平原、荒地の中で始まり、やがて都市環境の中でも行われる様になったそうです。なぜこんなことをしたのでしょう?美術館や画廊という展示空間に制限されたくない。美術を商品化したくない。人間のスケールを超えた自然、あるいは宇宙の持つ空間や時間と作品を繋げるなどを目指したそうです。この言葉はウォルター・デ・マリアというアーティストが「ライトニング・フィールド」という作品について語ったものです。作品は半砂漠地帯の平原の東西1,6km、南北1kmの範囲にステンレス・スティールの竿400本を配置したもの。竿の高さは6mほど。作家はこの全体を彫刻と呼んでいるそう。この作品は見学が可能とのこと。期間は5月から10月まで、電子機器の持ち込みは禁止だそうです。宿泊可能なログハウスが1軒用意されているので、そこで一晩を過ごすそう。それが「ライトニング・フィールド」の体験です。人気が高いそうで今年はすでに予約でいっぱいなのだとか。作品がある場所に行くのがまず一苦労。さらにそこには娯楽も外部との連絡手段もないそうです。全く人間社会から切り離される感じでしょうか。さらに自然の豊かさからも切り離されています。そこで人は何を思うのでしょう?ちなみに中村氏は一度行ってみたいとおっしゃっていました。
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2019.0517 O.A 釧路市立博物館 土屋学芸員 「ミウラ折りって?」 [motto museum]

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釧路市立博物館では現在、企画展「すてきな昆虫たち」を開催中。昆虫をデザインした美術工芸品、昆虫の研究から生まれた工業製品など約60点が展示されています。その中で「ミウラ折り」の研究も紹介されているのですが、これは一体どんなものなのでしょう?東京大学の三浦光亮博士が1970年に考案なさった折り方。元々は壊れにくいロケットの構造を研究していたそうですが、昆虫の翅が丈夫で、コンパクトに折りたたまれていることに着目して生まれた折り方だそうです。土屋氏は、このミウラ折りで企画展に合わせた図録を作成なさったそう。A4版の紙に展示品を印刷してあり、ミウラ折りでおると、ポケットに入るほどの大きさになります。ミウラ折りの特徴は、素早く開いたり、閉じたりできる。折り目が重ならないので破れにくい。そして、大きなものをコンパクトに折りたためる。という大きく3点が挙げられます。現在では、人工衛星の太陽光パネル、地図、レジャーシートなど、私たちの生活の様々なところで利用されている折り方なのです。意外と身近なところで見つけることができるかもしれません。さて、展示品は、美幌博物館の鬼丸和幸氏が集められたコレクション。着物の帯、帯留め、簪などの装身具や漆器、陶磁器、浮世絵、螢籠、玩具などなどの美術工芸品は見応え抜群です。描かれている昆虫は、蝶、トンボ、セミ等々。昔は今よりももっと身近な存在だったのかもしれません。ほかには、昆虫の研究から生まれた工業製品もあります。蚊の口から痛くない注射針や蝶の羽の光り方から生まれた繊維製品など。他にもたくさん昆虫から学び生まれた製品はあります。昆虫の偉大さ・不思議さ、また、日本文化の中で形として残された虫と、今どきの虫との関わりについても想いを馳せることができるかもしれません。
https://www.city.kushiro.lg.jp/museum/
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