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2019.0322 O.A 釧路市こども遊学館 多胡学芸員 「春分の日を考える」 [motto museum]

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3月21日は春分の日。日本の国民の祝日の一つです。この春分の日は、国立天文台が「春分日」を含め作成する翌年の「暦象年表」という小冊子に基づき、閣議決定されて前年の2月1日に暦要項として官報で告示されるものだそうです。天文学に基づいて年ごとに決定される国家の祝日は、世界的にみても珍しいそう。ではその定義とは何でしょう?春分とは、太陽が春分点を通過した瞬間のこと。すなわち太陽黄経が0度になった時だそうです。暦では、瞬間が属する日であり、これを春分日と呼ぶのです。よっていずれの日が春分日になるかはその国、地域の時差によって1日の違いが出るそうです。ところで、春分の日は、昼と夜の長さが同じとイメージされる方が多いと思います。ところが・・・実は違うそうです。春分日には太陽は真東から昇り、真西に沈みます。春分では太陽は赤道上にあるため、天文的な位置関係からは昼と夜の長さが等しくなるように思えるのですが、実際には違います。年により差があり、平均すると昼が夜よりも約14分長いのです。それには理由があります。一つは大気差。大気による屈折で太陽の位置が実際よりも上に見えるため。計算上は日出日没の時間の差は約2分20秒。その2、太陽の視角。太陽の上端が地平線と一致した時刻を日出、日没と定義しているため。計算上日出日没の時間の差は約1分5秒。他にも日周視差や春分のずれなどがあるのですが、これらを考えあわせると、日出は、太陽の中心が地平線から昇るより平均3分25秒早く、日没は、太陽の中心が地平線より沈むより平均3分25秒遅くなるのです。従って実際に昼と夜の長さが最も小さくなる日は春分の4日程度前になるそうです。
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2019.0315 O.A 釧路市立博物館 加藤学芸員 「楽器の博物館に行ったよ〜」 [motto museum]

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静岡県浜松市にある楽器博物館をご存知でしょうか?加藤氏は、入ってすぐに、アジアの民族楽器がズラリと並べられていて、イメージしていたものとは違いビックリしたそうです。現在使われている楽器の歴史を紹介する様な博物館と思いきや、みんぱく(国立民族学博物館)の音楽版の様な感じだったそう。時間の経つのも忘れるほど楽しい時を過ごしたそうです。東南アジアの様々な楽器をセットで演奏する様子を再現したり、実際にそこで演奏をした映像もあったり。この楽器博物館にはアジア、オセアニア、アフリカ、アメリカ、ヨーロッパから900点あまり。さらに鍵盤楽器、日本の楽器、電子楽器、国産洋楽器などが400点以上展示されているのです。音を出す基本的な仕組みは同じでも、国によって、地域によって材質が違ったりするそうですが、でもどこか似ていて面白いと思ったそうです。もちろん触ることはできないのですが、コーナー毎に楽器を演奏した音を、音楽として聞くことができる様にもなっているとか。その中でも加藤氏が気になったものをご紹介いただきました。まず一つがデュオピアノ。グランドピアノを2つ対面でくっつけた感じのもの。ほぼ正方形の形のピアノに向かい合って座る感じです。他にはストローヴァイオリン。通常のヴァイオリンにラッパがついています。写真を見せていただきましたが、弾きながら吹くのではなく、ヴァイオリンの音を拡張する感じでしょうか。他にとにかく細いヴァイオリンや、ステッキヴァイオリンと呼ばれるもの等、一体何の目的で作られたのでしょう?気になります。確かに持ち運びはしやすい感じはしますが・・・。ご自身もフルートを演奏なさるのでその中でも特に気になったものが尺八みたいな縦型のフルートだったそうです。
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2019.0308 O.A 北海道立釧路芸術館 熊谷学芸員 「信貴山縁起絵巻って?!」 [motto museum]

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平安時代後期から鎌倉時代の頃の作と考えられている絵巻のことについてお話しいただきました。奈良の信貴山で修行をした平安時代のお坊さん、命蓮にまつわる3つの奇跡の話を絵巻にしたものです。1つの奇跡は、鉢が飛んだり、米の入った倉庫が飛んだり。2つ目の奇跡は帝の病気を治したり。3つ目の奇跡は、命蓮の姉の尼公がはるばる彼を訪ねて東大寺の大仏に居場所を教えてもらい訪ねてくるというもの。まるでSFと思われるストーリー展開が特徴的です。さらにそこに描かれた絵は、コミカルかつゴージャス。鳥獣人物戯画と同じ位の時代のものですが、鳥獣人物戯画自体も漫画みたいな筆致で知られていますが、この作品も同じ様に生き生きとした筆致が特徴的。ビックリした人物の顔や飛んで行く米の俵等々にそれはみてとれます。また、金や銀などの豪華な絵の具がふんだんに使われているそうで、作者は不明ですが、お金のある権力者がスポンサーとなり制作されたと考えられています。そして、何よりも見る人の視線の動きがもたらす効果をフル活用している点が素晴らしいそう。美術館等で巻物を見る時はケースに広げて置いてあることが多いと思いますが、本来は両手で持ち、左手で広げながら、右手で巻いて見ていくもの。感覚的にはスマホの画面をスクロールする感じでしょうか。次の展開はどうなるのか?ワクワクする感じが伝わります。実は、この信貴山縁起絵巻は「日本四大絵巻」に数えられる事もあるそうです。日本美術史上、重要な作品であるだけではなく、在りし日の奈良・東大寺の大仏の姿が描かれていたり、建物の絵が描かれている事から建築史の史料になったり、詞書は国文学の史料になったり。その様な面からみても見応えのある絵巻物なのだそうです。
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2019.0301 O.A 釧路市立博物館 貞國学芸員 「カラス巡りの旅」 [motto museum]

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カラスが祀られている神社へ出かけた貞國氏。そこは和歌山県の熊野大社。全国にたくさんある熊野神社の総本山なのだそう。熊野大社は日本で初めて霊験書とされ、古くから信仰があるそうです。この熊野大社に祀られているのがヤタガラスといわれるカラス。熊野大社の主祭神のお仕えをしているとのこと。初代天皇の神武天皇が日本を統一するため九州からの移動途中、現在の和歌山県熊野地方で、天皇が迷った時の道案内役としてヤタガラスが現れたそうです。その案内を終えた後は熊野大社に留まっていると言われているそうで、いわば導きの神。神様の使いとも、太陽の化身とも言われているのです。ヤタガラスは3本の足を持っています。これは天・地・人を表しているそうです。大きいカラス。このカラス、意外と私たちの目に触れることがあるカラスです。もちろん実在するカラスではないのですが・・・。実はサッカーの日本代表のシンボルマークに描かれています。それはなぜでしょう?一つは日本に初めて近代サッカーを紹介した中村覚之助が熊野那智勝浦町出身だったこと。そしてもう一つは、平安時代の蹴鞠名人が蹴鞠上達のため50回以上熊野詣をしたことにより、ボールをゴールに導くという意味があるそうです。地元ではヤタガラスはとても親しみのあるもので、様々なお守りやグッズが作られているそうです。例えば、絵馬、おみくじ、お守り(勝負・交通安全・サッカー等)、サイダー、お酒、Tシャツ、手ぬぐい、お菓子・・・。スタジオにたくさんのヤタガラス関連のものをお持ちいただいたのですが、これはほんの一部と。それだけ地元に愛されているヤタガラス。不吉な鳥というイメージもあるカラスですが、それは明治以降に人間との距離が近くなってからの事なのだとか。
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2019.0222 O.A 釧路市立美術館 瀬戸学芸員 「釧路の美術」 [motto museum]

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函館出身の瀬戸氏。釧路にやってきたのが2000年。約20年釧路に暮らして、あらためて釧路の美術についてのお話しを伺いました。彼が最初に思ったことは未開拓。最初にやったことは、釧路の所蔵作品の作家の略歴を調べるところからでした。作家の生没年も不明なものもあり、当時の新聞を見たり、文献を引っ張ったり。そこから新書にまとめたのが今から10年位前のこと。その後、新聞に連載をしたり、テレビで特集を組んだり。釧路市立美術館が収蔵している作品の図録も作成しました。これで基盤ができたのです。作家と作家のつながりも調べていく中で、新たな発見も多数あったそうです。最近は、釧路の屋外彫刻についてもまとめています。町の歴史もそこから見えてくるとのこと。自分たちが調べたことを展示して、展覧会を開催して市民に見てもらう。そして本にして読んでもらう。それをマスコミに取り上げてもらう。すると逆に市民からの情報も集まってくる。そういう流れで20年があっという間に過ぎていったのです。今後の美術へのアプローチとしてはどんな方法があるのでしょう?瀬戸氏が現在興味あることはアプリ。これからはそれが中心になってくるのでは?と。釧路のアートアプリがマップと連動してみることができたら最高でしょうね。屋外彫刻も写真と同時に現在の所在地と連動したり、そこに着くと作品の紹介が声でも紹介されたり・・・。図録の代わりになるものが出てくる感じでしょうか。すでに大きな美術館ではその様な動きもあるそうです。アプリで作品鑑賞が手軽にできて、あとは実際の作品を見に美術館にいらした方にはプラスアルファの仕掛けがある。となるともっと若い方々にも美術に関心を持ってもらえる方が増えるかもしれません。
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2019.0215 O.A 釧路市埋蔵文化財調査センター 高橋学芸員 「屋根を土で葺く」 [motto museum]

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昔の人は寒い時期にどんなお家に住んでいたのでしょうか?竪穴式住居を頭に浮かべてみてください。寒そうですね・・・意外と快適だったのしら?今回は屋根を土で葺くというお話しです。竪穴住居で有名なのは茅葺き。他には板葺きや笹、白樺などの樹皮などが材料として使われていたそうです。他に土で葺く住居もあったそう。ただ、土だけという訳ではないそうです。焼失した住居で屋根の上部から土の層が見つかっているそうで、調べたところ茅やヨシで葺いた上から土で葺く住居があることがわかったとのこと。岩手にある御所野遺跡では良好な土葺きが残っているそうです。現在は御所野縄文公園になっているそうですが。
さて、土葺きのメリットとは一体何でしょう?それは保温性に優れていること。そしてデメリットは通気性が悪い。湿気がこもるそうです。ただ、寒い地域では土葺きの恩恵にあずかるといったことはあったのかもしれません。アイヌのトイチセなどの事例もあります。寒い時期には土葺きの家に移動して、寒さをしのいでいたのかも?と考えてしまいます。季節によって家をかえていたのかもしれません。それは大いに考えられると高橋氏もおっしゃっていました。
実は高橋氏は夏と秋に北斗にある竪穴復元住居に泊まったことがあるそうです。やはり時間によって湿度の差が多いと感じたそう。竪穴住居は夏涼しく、冬が暖かい。ただ湿度に関しては朝にこもっている感じがしたと・・・。何れにしても竪穴住居に住んでいた昔の人と比べてくると、現代人が住んでいる住居はあまりにも快適なのはいうまでもありません。
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2019.0208 O.A 釧路市こども遊学館 角田学芸員 「人間はどうして飛べない?」 [motto museum]

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昔から人は鳥の様に空を飛ぶことに憧れを抱いてきました。どうして鳥の様に飛べないのでしょう?羽がないから・・・と子供も答えます。ただ、それだけではないのです。鳥には竜骨突起というものが胸のところにあります。平らな板の様に見えるのですが、上からみるとちょうどTの字に見えます。ここに厚い筋肉が付いていて、それが羽と繋がっています。ここにつく肉がササミや胸肉と呼ばれます。これが人間にはないのです。ダチョウやエミューにもないそうです。彼らは飛ばないので必要がないということ。飛ばない鳥といえば、ペンギンもいますが、彼らは海の中をある意味飛んでいるので必要と。他に飛ばない鳥にニワトリもいます。これは胸肉が取れないと品種としての価値がないのです。いわば人間に改良されてできた鳥と言えるかもしれません。次に飛べない理由として人間は重すぎるのです。例えば大型の鳥類として有名なオオワシ。翼を広げた大きさは2mを超えるほどですが、体重は5〜6kg位。実は骨がスカスカなのです。実際に海で拾った鳥の骨をスタジオにお持ち下さったのですが、骨の中は空洞でした。この様な理由で人間は空を飛ぶ事ができないのです。もしも、色々な問題をクリアして飛べたとします。ところが、おそらく心肺機能がついていかないと角田氏。鳥は肺機能が素晴らしく、呼吸の効率化のために、肺の前後に気嚢を持っているそう。人間は息を吐いても古い空気が肺の中に残るので交換効率が悪いそう。その点鳥たちは気嚢があるので、肺の中は全部新しい空気に変わるのだそうです。羽、重さ、竜骨突飛、そして酸素と二酸化炭素の交換効率。どう考えてみても、人間は飛べないということに相成りました。
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2019.0201 O.A 釧路市立博物館 城石学芸員 「イリリプとハイ」 [motto museum]

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スタジオに何やら枯れた植物の茎と思われるものと、織り機で織られたものをお持ちくださった城石氏。今回はイラクサのお話しです。そもそもイラクサとは、この周辺でもたくさん見ることのできる植物です。主に多いのはエゾイラクサ。そしてスタジオにお持ちくださったムカゴイラクサ。アイヌ語ではエゾイラクサはイリリプとかモセと呼ばれ、ムカゴイラクサはハイと呼ばれていたそうです。イラクサの仲間はたくさん。いずれにも植物全体にトゲがあります。トゲにはギ酸を含まれていて、トゲ自体もシリカという一種のガラス針で、皮膚の中で砕けるそう。その為にトゲに触れると非常に痛く、しかもその痛みがしばらく続くのです。ですから加工するには植物が枯れる時期、トゲがとれた冬のはじめ頃に採集し、それを湿らせて皮を剥ぐのです。そして中身は捨て、外側の皮の内側だけを使うのです。それを撚るとイラクサから糸が作れるということ。エゾイラクサは大きく、茎も太いので主に丈夫な縄を作る材料として、またムカゴイラクサはエゾイラクサよりも小さく繊細な感じで着物の刺繍糸や縫い糸として使われたそう。このイラクサから作られた繊維を弓の弦、荷縄、狩猟用の矢筒、衣服などに利用したのです。以前、ワークショップで作られたイラクサの繊維を使い小さな壁掛け?を拝見したところ、イラクサの繊維はモスグリーン、グリーンとグレイが混ざった様な色をしていました。自然の色、優しい色です。衣服として着用したらゴワゴワした感じなのかな?と思ったのですが、意外にも柔らかいそうです。アイヌの方々がその繊維を利用して生活していた姿を想像しながらイラクサをじっくり観察したくなりました。
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2019.0125 O.A 北海道立釧路芸術館 中村学芸主幹「デュシャンの言葉」 [motto museum]

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現代美術の祖と言われているマルセル・デュシャンの言葉に「私は思考に関心があったー単なる視覚的な生産物ではなく。私は絵画を再び、精神に奉仕するものにしたかったのだ。」とあります。デュシャンはフランス生まれの作家、アメリカでの展覧会で有名になりました。作品はたくさんあるのですが、1917年、「ニューヨーク・アンデパンダン展」における「噴水(泉)」はあまりにも有名です。マルセル・デュシャンによって制作されたレディ・メイド作品で、セラミック製の男性用小便器に“R.Mutt"という署名と年号が書かれ、「Fountain」というタイトルが付けられています。「クールベ以来、絵画は網膜に向けられたものだと信じられてきました。誰もがそこで間違っていたのです。網膜のスリルなんて!以前は絵画はもっと別の機能を持っていました。それは宗教的でも、哲学的でも、道徳的でもあり得たのです。」「レディ・メイドの別の側面は、それが独創的な何ものをも持たない事である。」芸術・美術の真髄とは・・・いつでも彼は全てのことに疑問を持って、本当にそれが正しいことなのか?世の人に考えることを、そのチャンスを与えたのだと思います。考えることは芸術につながり、その考えることを重視した人だったのでしょう。現代美術はわからないという方が多いのは否めない事実。何を表現しているのか?何を訴えたいのか?何のメッセージが込められているのか?それらを読み解く面白さがイコール現代芸術・美術の醍醐味なのかもしれません。
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2019.0118 O.A 釧路市立博物館 土屋学芸員 「昆虫展つづく・・・」 [motto museum]

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道東で様々な場所でユニークな昆虫にまつわる展示が続きます。まずは、現在釧路市中央図書館で開催中の「斎藤茂吉と北杜夫の親子昆虫展」。作家、北杜夫の「どくとるマンボウ昆虫記」に登場する昆虫を標本箱に展示。その中には本人が採集した標本「どくとるマンボウ航海記」や「青春期」「幽霊」等の作品に登場する昆虫標本など、文学史的にも貴重な資料も含まれているそう。また、北杜夫の父親で歌人の斎藤茂吉も生涯に600種近くの虫の歌を詠んでいるそうです。短冊に認めた虫の歌と歌に詠まれた風景を描いた版画、そして標本を一緒に額装したものを展示。これらの展示は、栃木県県民の森マロニエ昆虫館の新部公亮氏が考案し、製作したものだそうです。この展示の最終日1月26日は新部氏による講演会も予定されています。そして、2月15日からは標茶町博物館で第1回の特別展「飯島一雄の世界〜飯島一雄コレクション展2019」が開催されます。飯島氏は、戦後まもない時代から亡くなる直前まで昆虫の研究をなさった方。エゾカオジロトンボやイイジマルリボシヤンマ等新種や日本で初めて発見した昆虫も少なくありません。本業で林業に携わっていたこともあり、植物や鳥等の野生生物にも詳しく、遺跡の発掘もするなど様々な分野で活躍し、釧路湿原の国立公園化にも貢献なさいました。そして最後は釧路市立博物館で新年度に開催される「すてきな昆虫たち〜鬼丸和幸コレクション展」について。美幌博物館の鬼丸館長が収集された昆虫をかたどった工芸品や美術品、フィギィア、昆虫を研究して生まれた工業製品など約60点が展示されるそうです。私たち人間に様々な刺激を与え、文化や科学の発展にも貢献した虫たち。昆虫をキーワードに広がる世界をこの機会にぜひ!
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