So-net無料ブログ作成

ochiishi plan [path-art]

1.jpg 2.jpg 3.jpg 4.jpg
2008年から毎夏、根室の落石岬に残る旧落石無線送信所で「落石計画」というアートプロジェクトが展開されています。
今回は、美術館というホワイトキューブの中で、去年夏に開催された「つくる、くちる、つくる、」
というテーマで作られた作品が展示されました。
移動展みたいな感じでしょうか。
落石計画、当初は井出創太郎氏と高浜利也氏による銅のキューブを使った茶室の制作がメインでした。
ところが地元の人が関わったり、美大生や若い作家も参加して作品を制作したり、そこで展示したり、さらに広がりをみせてきたのです。
今回の展示は廃屋的な旧落石無線送信所での展示とはやはり異なった見え方になっているそうです。
落石では、海の香り、鳥たちの鳴き声、塩分を含んだ霧、湿った空気など、私たちの五感で感じる展示だったのに対し、
ある意味、そこで「見る」ということだけに特化した鑑賞ができます。
イメージは一緒でも、状況が違う、環境が違う。
見え方は同じでも感じ方が違う。そんな楽しみ方ができると、お話しを伺った高浜氏はおっしゃっていました。
この落石計画には「銅版画試論」というサブタイトルがつけられています。
まさに井出氏と高浜氏が今まで培ってきた様々な出来事、作品がこの展覧会でも感じることができると思います。
「落石計画では銅の茶室だけではなく様々な化学変化を起こし、一つの運動から結末のない流れを作っているんです。
今や茶室の完成という概念は薄れてきているかもしれません。今までやってきたことが振り返るとそれは=生きるということなんですね。
だからこれからも生きている限りは続けていきたいと思っています。」
5.jpg 6.jpg 7.jpg
※尚、写真は高浜利也氏からお借りしました。
(落石計画 井出創太郎×高浜利也展は3/31まで網走市立美術館で開催中)

art brut intersecting hearts 2 [path-art]

1.jpg 2.jpg 3.jpg 4.jpg 5.jpg
前回アール・ブリュット展の選定作家のお一人、梅田マサノリ氏にお話しを伺いましたが、
今回は同じく選定作家のお一人、相原正美氏にお話しを伺った模様をお送りします。
調査された施設に行き、その作品の量やエネルギーに圧倒されたそうですが、
それがまた美術館というホワイトキューブの中で展示されることによっての印象の違いも面白いと。
彼らがエネルギー、パワーに負けそうになると思うくらいの力を持った作品ばかりが並んでいます。
「誰かに認められたい」「この作品で何かをしよう」という考えではなく、純真に手が動くままに線を引く。
内なる衝動に逆らうことなく制作を続ける。
それこそが本来のアートなのかもしれません。
とどまることを知らない・・・・・描く、作るという行為。ただひたすらに思いのままに。
どうしてこんな発想になるのか?どうしてこんな線を引くことができるのだろう?
あれこれ考えてしまいがちですが、鑑賞する側も素直になって作品と対峙する姿勢を持つことにより、
何か自分の中に問いかけてくるものがあるのではないかと思います。
まずは、作家自身も脅威と感じる作品がずらっと並ぶ作品たちをご自身の目で確かめていただければ・・・と強く思いました。
6.jpg 7.jpg 8.jpg 9.jpg 10.jpg
(北海道のアール・ブリュット こころとこころの交差点は3/31まで北海道立帯広美術館で開催中)

art brut intersecting hearts 1 [path-art]

1.jpg 2.jpg 3.jpg 4.jpg 5.jpg
日本のアール・ブリュット展が世界各地で開催され、大きな関心が近年寄せられています。
アール・ブリュットとは、フランスの画家:ジャン・デュビュッフェにより提唱された、専門教育を受けない作家による既存の芸術とは一線を画す「生の芸術」のこと。
彼は、伝統や流行などに左右されずに自身の内側から湧き上がる衝動のまま表現した芸術に価値を見出し、それを高く評価しました。
他に、アメリカなどではボーダレスアートという呼び方もされていたりするものです。
今回、北海道の現代アーティスト6名が、北海道内の福祉団体などの創作拠点20カ所以上を調査し、それぞれの視点で作家や作品を選びました。
その結果、迷いに迷い40名以上の作家による500点ほどの作品が展示されるという展覧会になっています。
現代アーティストの目による作家の選定にも興味をそそられます。
どの作家がどの作品を選んだのかということも作品紹介のところに名前が載っているので、確認することができます。
生き生きとした線・色。作品一つ一つからのエネルギーが半端なく私たちに迫ってきます。
突き動かされてできた形。止むところのない衝動。
私は、丸裸にされる感覚を覚えました。
ぜひ、作品のエネルギー、そこから伝わる何かを感じ取っていただきたいと思います。
6.jpg 7.jpg 8.jpg 9.jpg 10.jpg
(北海道のアール・ブリュット こころとこころの交差点は3/31まで北海道立帯広美術館で開催中)

feeling of air [path-art]

01.jpg 02.jpg 03.jpg
「空気感がメインテーマというか・・・色々なものを撮ることを通して出したいもの。それが出て欲しい。」

鶴居の魅力はその自由さ。撮影に行くにしても、入ってはいけないところがあったりもするのですが、
基本的には自然なのか、手が入っているのか、人が住んでいるところなのか・・・わからない。
自然と人の住んでいるところが隣り合わせだったりする。また、その境目も曖昧になっていたりする。
勝手にというか、自由にというか、好きな風に動きまわることができるし、そういう風に過ごしている人が多い気がする。
それはすごい良い風土だなと思うと鶴居のことを語って下さいました。
興味をそそられたのは、やはり自然の在り方というか、それはご自身の中で印象的だったそうです。
北海道イコール自然が豊かで美しいという自然と、地元の人が暮らしていたり農家さんが作物を作ったりする上での自然。
自然が豊かだというのはイコールどこまで折り合いをつけていくのかを考えていかなくてはならない。それは鶴居にきて初めて体感したことと。
自然と人間との距離が近いし、全然都市化されていないというか、人間の手によって作られた世界ではないというのが面白いと感じたそうです。
04.jpg 05.jpg
「夏にたくさんガがいたのが面白かったです。あんなにいっぱいいたのに今は1匹もいないの。みんな死んじゃったのかなと思うと不思議。
タンチョウは初めて見ました。見ていると色々な動きをするんですね。高貴で美しいというイメージが強いけれど、ずっと見ているとそうでもなかったり。
ケンカもするし、ずっと下を向いてエサを食べていたり、家族で飛んで行ったり、面白い。生きているんだなって思います。当たり前だけど・・・。」

IMG_5410.jpg 「誰のための土地なのか、多分誰のためのものでもなくて、でも皆んな自分のものであって・・・みたいな領域がありますよね。北海道は土地が広い分、空間にゆとりがあり、色々な空白があったり、今いるものが全てではないと思わせる様な大きな流れみたいなものが感じられる気がするんです。」

一つ具体的に拾い上げることで、一つ抜け落ちていくものがあったりする。写真は特に写り過ぎるから。
具体的に写していくと、多分どんどん実は抜けていくものがたくさんあると思うと。
だけど、ここにある空間というか空白、誰の土地でもないというゆとりをうまく表現できたら良いと思っているとおっしゃっていました。

自分の中での変化は、多分シンプルになったかな?と思うそう。
以前はモノの中で暮らしている感じだった。また、鶴居にきた当初は喫茶店に行きたいとか、映画をみたい等という気持ちがあったそうですが、ある時期から全くなくなったとご本人もびっくり。
歩いていて人が全くいないので、その異様さ等は今後の世界に影響してくると思うとおっしゃっていました。

※尚、写真は 、ART IN RESIDENCE at TSURUI,AKAN PROJECT 2018.3~2019.2 移住写真家の一人 勝見里奈氏からお借りしました。

long light time [path-art]

ラジオ.jpg ラジオ2.jpg rajio3.jpg
人も風景もするタイプとおっしゃっていましたが、鶴居でもいつも通りの撮影ができたそう。
特に鶴居からということもなく。ただ、知らない人ばかりを撮影したので、そこが違ったかなといった感じ。初心に帰る感じがあったそうです。

鶴居の歴史やアイヌのこと等を勉強した結果、作品を撮って写真集にする流れと。
「アイヌ文化がある場所で、倭人が入って来て、倭人文化、日本文化になる時に差異とか・・でも地名は残ったりする等重点的に考えていたなと思います。」

鶴居の魅力は光が綺麗。東京だと夕焼けは基本的に見えないと。斜光で強い光、ヨーロッパみたいな光がこの辺はあると思ったそうです。釧路にもあるのかもしれないけれど、鶴居は草原というか、広いので光が見やすい感じ。綺麗な光の時間帯が長いと思いますと秦氏。

「朝も昼も夕方も夜もあるけれど、それだけではない。夜に人工灯で撮ったりもできますし。夜にドライブをしてヘッドライトで人を照らして撮ったりとか。
結局生活に密着して、遊びに行っている時や何かの帰りに撮ったりしていますね。だから大半の作品は、場所は鶴居とわからないことの方が多いかな。」

IMG_5406.jpg普段東京では個展の展示のためにやっている感が拭えない。でもそれとは違い、1年間という期間で自分の好きな様にできたので、いつもよりも長い期間考えることができたり・・・ということはあったそう。
それはおそらく作品に反映されたりすると思われます。
こねくり回して悪くなる場合もあるそうですが、また、タイミングが悪くなってしまうこともあるそうですが、
今回は1年間知らない場所で、北海道、鶴居というのは良かったと思っていると。考える時間も制作する時間も。

最初鶴居に来てイメージと違ったところから、どの様な作品を作ろうかなと考え出しました。
北海道や村のイメージが覆された感じがあったそうです。そこで考えたりしたことが基本良かったと。

「特にこれ1点というものはないですね。人をメインで撮っているので、全体を平均化してこの辺に住んでいる人たちだよ・・・みたいな。
人間ってこんな感じだよみたいな風に作っています。」

4.jpg 9.jpg

※尚、写真は 、ART IN RESIDENCE at TSURUI,AKAN PROJECT 2018.3~2019.2 移住写真家の一人 秦雅則氏からお借りしました。

changes in the garden [path-art]

なかね1.png なかね2.png
なかね3.pngポートレイトとか風景は変わらずに撮り続けていたそうですが、以前お話しを伺った後にテーマを絞り、
最終的には借りて住んでいた木村宅の庭にテーマを絞ったそう。
鶴居は都会と原野みたいなものの中間みたい。
村そのものが原野の中にポツンと本当の街という感じがしたと。
その様なところに生えている植物が一年間あるのは面白いなと思ったのがきっかけだったそうです。
さらに、植生が微妙に東京などとは違い、それも面白いと思ったと。
また、庭がどんどん変化していく姿が興味深かったとおっしゃっていました。

「鶴居はもっと田舎だと思っていたんです。でも会う人会う人がすごく都会的、意識が変わらない。
それが少し不思議でもあったし、面白くもありました。それと北海道の人はすごく穏やかだと思いました。
暮らしていて安心できるとか、ホッとできるというか、リラックスして生活できましたね。」

鶴居の魅力はなんでもないところ、普通なところ。
なかなかありそうでない場所。実際には、生活してこんなにゆったりのんびり暮らしているところってあまりないと思うと。

自然の中に入っていって、本当のワイルドな感じが、昔からのそのままの状態というのが魅力的。
特にこれといったエピソードはないかな・・・とおっしゃりつつ思い出した様に語っていただいたのが・・・
IMG_5405.jpg
「鶴居村で展覧会を開催したんです。移住写真家3人で企画して。鶴居村で撮られた写真をお借りして・・多分鶴居村の歴史が全部あると思われます。300枚位モノクロの写真を並べました。
僕らの写真だけではなく、写真をみるということを楽しんでもらえればと思って企画したのです。
それがすごく評判が良く、一番記憶に残っていますね。
100年近くの記録。時間が経ったものを捨ててしまうということも数多くあるじゃないですか。
でも写真はそうではなく、全然縁のない人のものでも、100年前の写真はすごく魅力的。
それまで村人とほとんど接点がなかったけれど、みんな長時間、本当に楽しそうに見てくれました。ホント来て良かった。」

夏の庭、すごい勢いのグリーン。雑草が大半だけど。雨が降った時にそこに小さなスズメがびしょびしょに濡れていたのを夜に撮影したそう。
他に、吹雪の日にストロボで空に向かって撮ったものなど・・・そんな感じがお気に入り。
他にも枯れた雑草が面白いなと感じたり・・・。

商業カメラマンをずっと長い間なさって来て、ちょうど一段落する時期に鶴居での滞在。ある意味総仕上げみたいな感じだったそうです。
休息でもあり、今までの振り返りの時間でもあり、これからどうしようかと考える時間でもあり、すごく穏やかで良い所で過ごせた感じと締めくくって下さいました。

※尚、写真は 、ART IN RESIDENCE at TSURUI,AKAN PROJECT 2018.3~2019.2 移住写真家の一人 中根静男氏からお借りしました。

it is to draw to live [path-art]

「深井克美 未完のランナー」ミュージアム新?.jpg 深井 2時37分.jpg 深井 オリオン_1977.jpg
北海道立近代美術館で始まった深井克美展。今回は深井克美についての本(深井克美―未完のランナー)を出版なさった柴氏のお話しです。
彼は以前北海道立釧路芸術館にいらっしゃり、現在は小川原脩記念美術館の館長をなさっています。

深井克美は函館生まれ。病気やコンプレックス等の悩みや葛藤を抱えていたそうですが、彼は30歳で自殺するまで描き続けました。
一見するとグロテスクに見える作品ですが、細部に渡ってしっかり見るとどの作品も胸を打つと。
色がとても綺麗で、繊細な筆跡が目につきます。とても丁寧に描かれています。
特に柴氏がおっしゃっていたのは「バラード」という作品。背景が点で細かく描かれていて、綺麗な女性の顔が背景と同化していく・・・。
まさしく彼にとって描くことは生きること。
描き続け燃え尽きた人生だったのでしょう。
柴氏曰く「とにかく何度も作品展に足を運んでほしいです。彼の作品は一度に何枚も見ることはできないかもしれません。
1点1点の作品、絵と対話をしてほしいのです。」
彼の描いたものは生きているもの。人間なのか?怪物なのか?とにかく生きているもの、生き物、生命体です。
彼は何を感じて何を伝えたかったのか?理解して欲しかったのか?訴えたかったのか?
今となっては知る由もありませんが、「生きる」ということ
そして、「人間」というものと真摯に向き合ったのだということは、私の心に確実に届きました。
深井 バラード 1973.jpg 深井 彼岸へ 1973.jpg 深井克美 ランナー(未完)1978.jpg
※尚、写真は柴勤氏からお借りしました。
(深井克美展は3/21まで北海道立近代美術館で開催中)

Picasso and women [path-art]

01301.jpg 01302.jpg
ピカソ版画展第2弾は、ピカソと女性にターゲットを当ててお話しを伺いました。
数多くの女性と交際があったと想像されるピカソですが、その中でも有名な7人の女性について。
なぜなら、ピカソは交際した女性で作風が変化したと言われているからなのです。
彼がまだ無名だった頃、支えてくれたのがフェルナンド・オリヴィエ。
青の時代の後、バラ色の時代に向かわせた最初の恋人。
続いては、キュビスムにはまっていた頃に付き合い始めたエヴァ・グエル。
まさに分析的キュビスムの作品が次々に生まれます。
そして、最初の妻となったオルガ・コクローヴァ。彼女は品があり、古典的な美しさをもつ方だったそう。
この時代は新古典主義と呼ばれます。彼女はピカソに「私の顔をわかるように描いて」と言っていたとか。。。
続いては、従順なマリー=テレーズ・ワルテル。この時代は立体的な丸いイメージが色濃く出ています。
続いて、写真家としても活躍していた才色兼備だったドラ・マール。
当時のピカソにも多大な影響を与えたと思える女性。ゲルニカを制作していた時代です。
そして、唯一ピカソを捨てた女性と言われるフランソワーズ・ジロー。
明るく生き生きと前を見て突き進む女性だったそう。ピカソの間に息子一人、娘一人を残しています。
そして、ピカソの2番目の妻となったジャクリーヌ・ロック。
表現方法は多種多様になります。
有名な7名の他にもピカソに影響を与えた女性はいるのかもしれません。その女性たちは、彼に異なった創作インスピレーションを与えたのでしょう。
ピカソは、愛情が深い時、その女性を絵の中で魅力ある女性として表現し、関係が悪化すると、その女性を醜くて、恐ろしい怪物の様に描いた・・という話も聞きます。
作品を見ながら、ピカソに関わった女性たちのことを考えながら鑑賞すると、それはそれで違った見方ができるかもしれません。
(ピカソ版画展は3/10まで北海道立釧路芸術館で開催中)


every act of creation is first an act of destruction [path-art]

0123.jpg
今回は1905年から1966年までの60年間のピカソの版画作品、約100点が展示されます。
ピカソはキュビスムの先駆となった作品を20世紀はじめに生み出した作家として有名ですが、彼が本格的に版画を始めたのが1905年、24歳の頃です。
そこから亡くなる直前まで版画を制作したそうです。

ピカソが91歳で亡くなるまで、残した作品は数多くあります。
ルネサンス以来、西洋美術ではリアリズムが基本でしたが、キュビスムは描く対象を分解して、画面上で再構成するもので、リアリズムの考え方を変えてしまいました。
そこから抽象絵画や、さらに絵画ではない芸術さえも生まれました。
また、絵画ばかりではなく、彫刻でも厚紙や金属板を切りはりして形を作るアサンブラージュを行い、広く影響を与えたそうです。
ピカソにとって版画はどういう意味合いを持ったのでしょう?
あくまで想像するしかないのですが、お話しを伺った中村氏曰く「油彩画のように塗るという技法ではなく、線で描き、白と黒で表す面白さ。
そして、銅版画・リトグラフなど技法が様々で、その技法により表現が異なったり、当たり前の技法に手を加えて変化させていく面白さ。
さらに、一人で作るのではなく、版画工房の専門の刷り師や彫り師と共同作業をしていく面白さがあったのではないでしょうか・・・」
今回の展示の見どころは、ピカソの自由さ。そして人間を見つめる目。
作品からは描かれた人物の目が様々なことを語っているかのように感じられるはず・・・と中村氏はおっしゃっていました。
(ピカソ版画展は1/25から3/10まで北海道立釧路芸術館で開催)

stories drawn [path-art]

描かれた物語1.jpg 描かれた物語2.jpg 描かれた物語3.jpg
絵画は古くから神話や歴史書、文学や詩などに着想を得て、その世界を造形化してきました。
時にはその作品の内容の理解を助ける役割を果たしたり、また時には言葉で表現されたもの以上に見るもの者の感情に訴えかける、
独立した表現世界を展開してきたのです。
今回は、帯広の美術館の収蔵コレクションの中から、聖書や神話、詩、文学などを題材にした作品を展示しています。
例えば、レンブラント。光と影の明暗を明確にする技法を編み出し、様々な作品を残しました。
「羊飼いに現れた天使」では画面左上に天使が描かれ、右下には羊飼いが描かれています。
暗がりの中に色々なモティーフがあり、見れば見るほど発見があると野田氏。
増田誠の「ギリシャ神話 ヘラクレスとクレタの牡牛」は、赤と黒で描かれた作品。
逞しい男性が大きな牡牛をめがけて棍棒を振りかぶり、手足がピンと伸びています。そこからは力強さが伝わってきます。
物語を知ってから見るともっともっと世界が広がります。
さらに矢柳剛の「飛んだエンピツ」は十勝の小学生が作った詩を集めた雑誌「サイロ」に掲載された8編に絵を添えたものだそうです。
彼は鮮明な色と簡潔な形によるモティーフを大胆に組み合わせた作風で有名な作家です。
作品を単体で鑑賞するもあり、物語を知ってから作品を鑑賞するもあり。またその逆も。
作家がどういう捉え方で作品を作ったのかを想像するのもあり。
どういう見方をしても奥が深い展示内容、面白い鑑賞方法かな?と思います。
鑑賞方法次第で一つの作品がどんどん深まり、その奥深さに魅せられる方は多いのではないでしょうか。
描かれた物語4.JPG 描かれた物語5.JPG 描かれた物語6.JPG
※尚、写真は北海道立帯広美術館 野田佳奈子氏からお借りしました。
(描かれた物語は2019.3/31まで北海道立帯広美術館で開催中)