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AM(273) ・AM(Dayzzz) ・2 Blind Spots [path-art]

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元々は、守章はyoshiaki MORI(弟)とmasaaki MORI(兄)の双子の兄弟ユニット。二人の間の関係性から作品を作ってきました。
8年前にユニットとして途切れた時期があり、それからは、滞在制作や地域の状況を読み取りながら制作するという様な作品に切り替えたところがあるそうです。
二人のユニットで制作された時の大きなテーマは距離感。
その後震災をテーマにしたり、防災無線の音をテーマにしたり、作られるものは音や映像等様々。形として残らないようなものを扱っていると思うと。

守(弟)氏のやっているものは現代美術と呼ばれるもの。大学では、建築や家具等身の回りのものをデザインすることを主に勉強していたそうです。
現在、物事を考える時に、環境・範囲から人々があまり気づいていないところから調べ上げて作品を作るという流れを経るそうですが、
それは、デザイン科のプロセスの作り方の授業の影響があると。

今回の作品は、8年前にユニットとして途切れた兄との関係性を見直すことにフォーカスする事に。キーワードにあるのが原点回帰。
3点中、2点は音作品。8年前に兄と決裂を決定づけた作品、AM(273) (2010)という作品。
決裂して8年というユニットとしての空白期間を成分としながら、そこから分離したような新作。AM(Dayzzz) (2018)
そして、もう1点は、立体の作品。展示室の柱が気になり、それを解析した2つの焦点という作品 2 Blind Spots (2018)

今回二組を結びつける「リップ・ヴァン・ウィンクルからの手紙」。これはアメリカの独立戦争の頃の話。アメリカ版浦島太郎みたいな物語のこと。
「この展覧会の打診があり、郷里の石巻にいる兄に連絡したところ、兄が19年前に富田さんから届いた手紙を19年後の東京にいる僕(弟)に
それが送られてきたんです。・・そこから始まったんですよ。」
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※尚、写真は守章氏からお借りしました。
(<Path-Art>の仲間たち展は11/17から12/23まで釧路市立美術館で開催)

abstract・・・representational [path-art]

陸と水.jpg 水を湛えた場所.jpg フルーツ牛乳.jpg Drowingoftheday.jpg Droingoftheday2.jpg
釧路在住で油絵で抽象を描かれていた伊藤氏。最近作風が変わってきた感じです。
そもそも具象から始まったのですが、そのうち形がなくても良いのではないか?と思い始め、形を描かなくても存在や空気は表現できると思い、
どんどん抽象の世界にはまっていきました。
釧路湿原を題材に、湿原の持つ複雑なもの、深くにあるもの等々を抽象画を使い表現してきたのです。
ところが、3年前からドローイングを始めました。目の前にあるもの、目についたものを一日一枚描くこと3年間。
始めの頃は、いただいた花や食器などを描いていたのですが、そのうち食べかけのパンや食べた後のサラダとか・・・生活感溢れるものを描いていました。
描いていくうちに汚れた食器などを見ている時間の方が、湿原に行って描くよりも長いのではないかと思ったそう。
その方が自分に身近だったり、対峙している時間が長いのかもしれないと感じ、だんだん愛着が湧いてきて、それから具象に変わってきたそうです。
抽象画が好きなのは、混ざり合っているから。抽象はかき混ぜながら自分の中でも探っていく感じ。
具象の魅力はその手応え。
「どちらでなければ・・・というものでもないと思うんです。手応えみたいなものと、抽象の・・目に見えているものが全てではない世界を
掛け合わせた世界を探りたいと思っています。そこが今、着地点が見つからず迷っているところなのです。」
作品は、彼女にとって、ある意味言葉であり、コミュニケーションツール。言葉以外の表現方法なのです。
釧路に住んで6年。この6年を振り返る感じの作品展を開催中です。彼女の中で湿原をモチーフにした抽象の世界とドローイングの日常の世界。
今は、彼女にとって、その中間を探る時期なのかもしれません。
※尚、写真は伊藤恵里氏からお借りしました。
(inside room 伊藤恵里展は11/25まで鹿追町 福原記念美術館で開催中)


namu shibarare bosatsu chama mandara [path-art]

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作家・翻訳者と様々な顔を持つ慎平氏。
以前はspot storyで長い間お話しを伺っていました。昔から写真を撮り続けていることはお聞きしていましたが、展覧会に出品なさったそう。
タイトルは「なむ しばられ ぼさつ ちゃま まんだら」
デッサンで使われる人形模型 人体模型 デッサン模型 を使い、それに紐をぐるぐる巻きにして様々な場所に連れて行き写真を撮るというもの。
彼が書かれた紹介文を一部ご紹介したいと思います。
・・・人間は、いろいろなしがらみ=カルマ=因縁にがんじがらめにされて生きております。
先祖から、両親から引き継いだカルマ、生きているうちに作ってしまうカルマなど、それはそれは数えきれないものでございます。
しかし、手を合わせて合掌する気持ちがほんの少しでもあるならば、その時あなたは菩薩の境地に少し近づいているのです。〜中略〜
日々暮らしていくなかでの、そんな切なる小さな祈り、少しずつの悟りを描いているのが、このシリーズなのです。」
仏教と写真を今風に表現するとどうなるのか?にチャレンジした作品群です。
東京では六本木 国立新美術館で開始あされた「日本アンデパンダン展」に出品。今後はパリでの展覧会も予定されているそうです。
そして、もう一つが翻訳の話題。
日本でおそらく唯一、フランス広告業界を紹介した翻訳書「広告に恋した男」が34年ぶりに復刊されました。
もちろん慎平氏が翻訳した本です。現在、世界的な広告会社であるHAVASの副社長で、フランス広告業界&メディア業界の有名人として知られるジャック・セゲラ。
彼はフランソワ・ミッテランの大統領選キャンペーン「静かなる力」を制作し、1981年のミッテラン大統領誕生の陰の立役者とも言われているそうです。
この本は、1970年から1980年代のフランス広告業界を駆け抜けた若さに任せた成功談、失敗談を丸ごと集めた名著。
洗剤から大統領までを売ってきたジャック・セゲラ。
「広告は絶対なくならない。実用の芸術だから。広告をやめれば経済は停滞する」とまで言い切るセゲラの広告に対する考え方は、
この分野に携わる方以外にも多くの方に影響を与えることと思われます。それはインターネットの時代、SNSの時代でも変わることがありません。
なぜなら、人間と情報に関する不変の関係性を、あらゆる側面から描いているからなのです。
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※尚、写真は慎平氏からお借りしました。
(ジャポニズム2018 OASIS特別展 和魂洋才は11/8から14までParis リンダ・ファレル・ギャラリーで開催)

learn by yourself [path-art]

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美術の公開授業が開催されます。以前にもこのコーナーに作家として出演頂いた更科結希氏に今回は教師としてお話しを伺いました。
お題は「子どもを遊ばせたい遊具デザイン」。これを中学生に考えてもらおうという企画です。
実は現在、公園は増えているけれど、そこで遊ぶ人が減っているという現実があるそうです。
もちろん子供の数が減っているということがあるのは否めませんが、聞き取り調査やアンケートによると、遊びたい遊具がないという声が・・・。
子供たちは少しスリルのあるものに期待をする気持ちがあるそうですが、安全面の上からはそれは実用的でない等、抱える問題は複雑です。
そこで、安全面を考慮しつつ、遊びたくなる遊具を皆で考えてみようとなったのです。
自分たちの経験に基づいてどう考えるのか、問題点をあげてどう解決するのかなどを話し合い、
その後自分たちでプランを練るならどうするべきか大きなテーマを決めたそう。
例えば、ナチュラルとか、未来的な感じとか・・それをもとに形を考えている段階。
最終的にはミニチュア版を作ることにしているそうですが、大事なのはそこに至る過程。
「学校の中でやっている授業だけど、もう少し自分の生活している社会に目を向けてみた時に、
こういったことも改善できるとか、興味関心を強く持ってもらえるきっかけになれば・・・」
ゆくゆくは社会を作る人たちですから、美術の側面から地域を見てもらいたいと語る更科氏。
教師としての温かい眼差しがとても印象的でした。
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※尚、写真は更科結希氏からお借りしました。普段の美術の授業の風景です。
(公開授業は10/31 北海道教育大学 附属釧路中学校で開催)

national parks tour with art [path-art]

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深みのある落ち着いた雰囲気が会場に入った途端感じられました。
そもそもアメリカ合衆国で生まれた国立公園の理念や手法を取り入れ、日本でも国立公園設置に向けた啓発活動を行う為、
候補地を絵画で紹介する「国立公園洋画展覧会」が開催されました。
当時を代表する洋画家の手による作品が26点、完成しました。
1932年、東京や大阪などで展覧会が開かれ大好評だったようです。昭和初期ですから、油絵自体も珍しかった時代です。
その後1934年に日本において初めて国立公園が指定されました。
制定に先駆けて開かれた絵画展だったのです。
緑と青が目につきました。自然豊かな風景が目の前に広がります。ただ、写真の様なという作品は少なく、少し抽象画っぽいものもありました。
瀬戸氏とお話しして気づいたのが、どの作品にも空が描かれていること。
木々の間からほんの少し見える空、夕焼けに染まる空、雲がたくさん浮かんでいる空、鉛色の空。
空だけを見比べてみるのもとても面白いかもしれませんね。
国立公園、もしかすると今は姿形を変えている場所もあるかもしれません。
でも本来の自然の姿を画家が描いた当時を思って鑑賞するのも良いかもしれません。
日本の自然の豊かさ、その多様性も感じつつ、日本国内の国立公園を絵画で巡ってみてはいかがでしょう。
(絵画で国立公園めぐり〜巨匠が描いた日本の自然〜は11/11まで釧路市立美術館で開催中)
※毎週 金・土曜日は20:00まで夜間開館

wood carving exhibition by two people [path-art]

IMG_4150.jpg ふにゅうー ふにゅうー ふにゅうー ふにゅうー ふにゅうー ふにゅうー ふにゅうー
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全てはカラマツでできた作品たちです。
20年以上北海道で制作活動をなさっている彫刻家 宮島義清氏。佐伯氏とは12年以上のおつきあいです。
宮島氏は東京芸術大学卒業後、普段は茨城で美術講師をなさっていますが、今では年に3度ほど中標津の佐伯農場にいらして制作をなさっています。
当初は北海道知床標津町古多糠の廃校となった小学校跡地で、制作活動を開始。
以後毎年、主に夏の間、地元産のニレ、タモ、セン、エゾ松などを使用しての木彫制作、野外展示などの活動を展開しました。
その後、佐伯農場内ギャラリー倉庫での制作・展示も始め、巨大な牧草ロールを使用したオブジェの制作、展示の活動を開始するのです。
佐伯氏もおっしゃっていましたが、農場、農業からインスピレーションを受け、制作なさることもあるのでは?とのこと。
もちろん佐伯農場の空気感を含めた環境も相当作品には影響していると思われます。
お二人並んで制作なさるそうで、お互いに刺激しあいながら・・・目に見えない何かを交差させながら・・・楽しい時間が流れているのでしょう。
「僕も宮島さんがいる時の時間が一番楽しんだよね」
そんなお二人から生まれた不思議でどことなくユニークな作品がギャラリー倉庫であなたの来るのをじっと待っています。
佐伯農場は奥に行くほど核心に迫ることができます。
牧舎で癒されるのもよし。荒川版画美術館で中標津ゆかりの版画家の作品を鑑賞するもよし。
帰農館で以前は集乳所として使われていた建物を改修し、農業関係の書籍や資料を陳列や写真展示を見るもよし。ギャラリー倉庫で現代アートに触れるもよし。
そして、何より自然と共存しているたくさんのオブジェも見応えありの素敵な空間です。
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(佐伯雅視×宮島義清〜カラマツの世界展は11/4まで中標津町 佐伯農場 ギャラリー倉庫で開催中)

realism and abstraction [path-art]

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東京生まれの神田日勝が鹿追町に疎開したのが終戦の前日。それからずっと十勝で農業に従事し、ともに画家として多くの作品を残し32歳の人生を終えました。
日々周りにあるモノ、コト等をモチーフに、忠実に深く考え制作活動を行ったそうです。
描き始めから10年ほどの画業の中で、時代に応じて、自身の考えに応じて画風が変わっていきます。
写実、具象でありながら全くのリアリズムではない作品。おそらくそこには彼の伝えたかった何かがあるのだと思います。
彼の中では農業と画業、これが一つの対をなして生活・生きるというそのものに直結していたのでは?とも感じてしまいます。
そして、岡沼淳一は函館生まれ。大学で彫刻を学び、卒業と同時に十勝に移住します。
彼の作る作品は、木を使った大きな抽象作品。十勝川水系のニレの埋れ木を素材にしています。
どこか危うげなフォルムの中に見えるピンと張りつめた緊張感。
数多くの展覧会や個展の開催を重ね、現在は北海道を代表する木彫作家のひとりとして評価されています。
細かい写実的な平面の世界と、抽象的な立体の世界。
同じ十勝の空気の中、制作活動に勤しまれたお二人の作品が一つの美術館の中で一体になっています。
作品から伝わる十勝・・・
風土が生み出す作品・・・
作品は違っていてもその根底に流れるものに何か共感を覚えるのは、私だけではないと思います。
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※尚、写真は北海道立帯広美術館 光岡幸治氏からお借りしました。
(神田日勝と道東の画家たち&岡沼淳一・木彫の世界は12/2まで北海道立帯広美術館で開催中)

whispering in the forest [path-art]

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倉本聰といえば・・・脚本家として劇作家として演出家として有名です。さらに、実は点描画をものすごく沢山描かれています。
そもそも絵コンテを描くことから始まったそうです。
今回の展覧会、まず入ってその点描画がズラリと並んでいます。その数と細かさに圧倒されました。
そして、注目していただきたいのが、点描画に添えられた文章。
特に災害を経験した後に読むと、さらに心の奥にジワ〜っと。。。
心に染み入ります。
この時代に忘れてしまっている何か、本当はとっても大事なこと。
自分との対峙する時間になるかもしれません。
点描画に使っているペンも沢山展示されています。私たちが通常使っているペンも見受けられます。
特別なものではありません。でもそのペン先から綴られた点には一つ一つ何かが宿っている感じがしてくるのは私だけでしょうか。
また会場には「北の国から」のドラマの夜の舞台セットも本物が配置されています。
そこでは主人公になった気分で写真を撮ることもできます。
点描画の細かさと脚本を描く時の人物像の詳細な設定。非常に細部にわたりこだわりを感じます。
ドラマをご存知の方もそうでない方もじっくり会場でその空間で時間を過ごすと、きっと何かを感じるそんな展覧会です。
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(倉本聰の仕事と点描画展は11/7まで北海道立釧路芸術館で開催中)

ushi no ashioto [path-art]

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牛の足音が聞こえてきそうです。
馬の嘶きが聞こえてきそうです。
馬と牛と動物たちが展示室の中で・・・。
牛を彫り続けている冨田氏。今回は新作が展示されています。
「とにかく可愛い。知れば知るほど愛おしい。」
一頭一頭の牛の性格が違い、大きさも量感も違います。
牛の持つスケールの大きさを表現できたら・・・。
憧れの神田日勝の作品と同じ空間の中にご自身の作品が展示されることの喜びはひとしおと。
前回までの牛は亡くなってしまった牛がモデルでした。
今回は牛らしい牛を見た目で選んだ牛をモデルにしたそうです。
当初は心惹かれていなかった牛も、何度も足を運んでいるうちに心を開いてくれ、
触ったり、スケッチしたりするうちに、やはり可愛くて仕方がなくなったそう。
愛おしく、リアルな、生命の音。
感じてください。。。
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※尚、写真は冨田美穂氏からお借りしました。
(冨田美穂〜牛の足音〜 牛の木版画展は10/14まで鹿追町 神田日勝記念美術館で開催中)

to create、to decay、to create、 [path-art]

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2008年から毎夏、井出創太郎+高浜利也のアーティストユニットが中心となり、
根室市落石岬に残る旧落石無線送信所で「落石計画」として対話空間(銅版の茶室)を
公開制作しながら展覧会やワークショップ、ギャラリートークなどを継続して開催しています。
今年は第11期となり、「つくる、くちる、つくる、」をテーマに展開されました。
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その場所でしか存在しえない。
現地制作による「銅版の茶室」とホワイトキューブに対応するべく版画工房で制作した「紙に刷った銅版画」
それぞれの銅版画を落石のあの空間の中で共存させる。
一種独特な雰囲気を醸し出す空気感、存在感。
通常は朽ちてはいけない、紙に刷った銅版画をあえて壁に貼り、そこの時間とともにおいていく。
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すべてのものは、人間を含めいつかは朽ちていく。
旧落石無線送信所跡で毎夏、「銅版の茶室」として積み上げられた石膏キューブは、
年間を通して落石岬の過酷な気象条件に晒され、つくるそばから風化が始まる。
ある時は塩分を含んだ濃霧に包まれ、
ある時は強風にさらされ、
ある時は氷点下の凍てつく環境の中で・・・
その現実と向き合い、さらに毎夏石膏キューブを積み上げる。
つくる、くちる、つくる、のループ。
弱酸性の腐食液により強制的に銅を朽ちさせながら絵をつくる銅版画のプロセスと同じく
このちでは自然がその環境を作り出す。風化した銅版画の上に、さらに積み上げ続けられる新たな銅版画。
もしかすると、そこには完成という概念は無いのかもしれない。
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(落石計画第11期 銅版画試論II つくる、くちる、つくる、 井出創太郎+高浜利也は8/7〜8/11まで旧落石無線送信局を会場に開催されました。)