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toshiaki & reo [path-art]

北海道教育大学美術研究室の富田俊明氏が、苫小牧で作家として、NPO法人樽前arty+の代表として活躍中の藤沢レオ氏を非常勤として招き、
集中講義を行いました。そのことを含め富田氏と藤沢氏に色々と語っていただきました。
IMG_7470.jpg tomita「僕が信頼しているのは、作家の実力だけではなく、その奥にある純粋さ、アートに対するピュアな姿勢とか、そういう質を持っている人。本当に少ないんです。レオ君はそのうちのひとりだと思う。学生たちは、金属とか技術の出会いだけではなく、レオ君との出会いもあり、この人を信頼できるとか、この人と一緒にやりたいとか、そんな感じを受け取ったと思う。授業をみていて感じましたね。」
レオ氏にとっての初めての体験。非常に緊張なさったそうです。
tomita「クライアントに工芸家、デザイナーとして関わってプレゼンをなさっているので、慣れていると思っていたのですが・・・。逆にいうとそこまで真剣に考えてくれていたのかなと思います。」
fujisawa「ワークショップとか短期で関わる場合 、ひょっとしたら、その人の人生に僕の言動が介入するかもしれないという緊張感です。そこは丁寧に伝えたい。僕が思っていることを素直に伝えたいと思いまいsた。ターゲットが見えないのでいつも緊張するんです。だから準備ができて満足ということがギリギリまでおこらない。こういうことは伝えようと素材だけは詰めて持ってきています。それを組み替える作業が朝までかかったって感じでしょうか」
レオ氏が学生たちに伝えたかったこととは・・・
fujisawa「ひとつの分野で終始したくなかった。分野も分野として伝えたくないというか、今回は工芸だったので、工芸を通してどうやって僕が社会を見ているのか、美術を見ているか、人を見ているか、自分を見ているか、ひとつの構成要素として工芸がありますということは伝えたかったんです。それを通して世界の見方を自分なりにもってほしいなということがありました。」
IMG_7469.jpgtomita「伝わったと思いますね。レオ君の僕が良いところだと思うのは、もちろん作家としての真摯な姿勢もあるけれど、工芸家として色々なクライアントと一緒に問題解決、クライアントの希望している主に商業的な目標に解決を与えるところ・・・作家だと自分の思想を主体的に表現するというのがあり、そこがやっぱりみんなが気後れするところだと思う。そこをまたがって仕事をしているんですねレオ君は。
学生にとってはそういう姿勢もあるんだ。自分が主体的に世界観を表現しなくても、良いんだみたいな、他者の問題意識を受け取って、それを創造的にビジュアル的にどうやって解決するのかみたいな、今まで思いもよらなかった芸術の社会の中での在り方を感じることができたと思うんです。それを体現している人レオ君に来てもらって良かった。芸術家芸術家しなくても、アートとデザイン、アートとクラフトというもっと広い意識の中で自分のやれることってもっとあるんだと気付いたはず。」

自分の作品を作るのと、クライアントに対して何かを作るって全く違うことだと思います。
自分の中での切り替えスイッチは?
fujisawa「今はないです。昔はそれにとっても苦労したんです。今日は工芸の自分、明日は美術の自分みたいな、その切り替えがうまくいかなくて、くたびれたんです。一時期1年位引きこもったんですよ。その切り替えスイッチが壊れちゃって。」
何かがあってそこから抜け出したのでしょうか?
fujisawa「スイッチもういらないやって思ったんです。結局自分は一人なんだから、スイッチなんて関係ないやって。」
tomita「作家になるんだったら夢中になるだけで良いけど、教育者になるんだったら、教育だけではダメなんです。自分が夢中になれるという体験がないと、子供が夢中になった時にそれを理解できない。そういう意味では両方の領域がわかっている、ふたつ以上の領域を移動できるのは重要だと思います。レオ君は学校の先生ではないけれど、自分が主体になる、或いは他者の主体的な問題を寄り添って解決するのは近いかなと」
tomita「見せたいのは私じゃないんですよね。その先にある突き抜けた世界。そこが教育できるかどうか、今回の集中講義でもレオ君の凄さを皆にねじ込んだというのではなく、この先に皆が自分を解放できる道筋があるんだよということを見せてくれたと思います。究極芸術ってそういうものだと思うんです。個々が自立して創造的なプロセスを通して自分を解放できる、そこしかないと思っているので。」
fujisawa「言葉にするって僕はすごく難しい作業で、感覚的にやっていることって沢山あるんです。それを人に伝えるとか、それをまた自分の作品としてフィードバックするということは重要な行為だと思っています。それを富田さんは真摯にその言葉に向き合っている。彼と話しながらそういう言葉から勉強することが沢山あります。同じ目線、アートとかアーティストの会話ができるという人が僕もものすごく少ないので、その中の一人です。そのくらいアートって面白いけれど難しい作業だと思うのです。難しいことを難しく捉えるアーティストって少ないと思う。それを簡単に編集してしまうアーティストは今沢山いますけどね。」
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ではアートとは?
fujisawa「社会は複雑化していく。今、社会の流れとしてはそれ自体・言葉も含め単純化していく方向にあると思うんです。複雑なものを複雑なものとして捉え、その中で問題意識とそれに必要な分野を横断して考えるというのが今のアートの行為かなと思います。」
tomita「皆アートって贅沢品で人生の必要事項を満たした最後におまけとしてついてくるものというイメージがあると思う。でもそれは、むしろ最初にくるものだと思います。人生を生きて死ぬ前に「あぁこの人生、生きてきて良かった」という究極の問いかけに答えていく・・・大手を振ってそれをできるジャンルがアートだと思いますね。アートを言い訳にして堂々と誰もが急いで答えなくても良いことを真剣に取り組めるツール。その人が生まれてきて自分とはこれであるということを表現していく、それが僕は人生だと思っているけれど。それをするのがアートかな。それは、芸術の問題にとどまらず、人間としてのポテンシャル、素質を最高に発揮する場所でもあると思います。」

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