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take a coal mine [path-art]

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東京在住の萩原義弘氏。
釧路市立博物館で企画展「萩原義弘展 ヤマに在りヤマへ還る」が開催されていたのでご覧になった方もいらっしゃると思います。
彼は小学生の頃からカメラを手にして鉄道写真を撮っていたそうです。
大学でももちろん写真を専門に勉強なさいました。1981年北炭夕張新炭鉱の事故をきっかけに炭鉱をテーマに撮り続けることになります。
「事故がなければ今の自分はなかったと思います」
そこで人間の生死を目の当たりにし、もっと炭鉱を知ろうと全国の炭鉱を歩き始めました。
北海道から沖縄まで100ヶ所以上の炭鉱や金属鉱山跡を継続的に撮り続けていらっしゃいます。
炭鉱・・・この産業は日本の近代化、戦後復興にすごく貢献してきたことを感じたそうで、それを作品の中で表現したいと。
「被写体を美しく撮りたい。そこには人間の生活があり、人が今はいなくても人の気持ちは残っていると思う。
だから物事を丁寧に見つめて美しく丁寧に撮りたいんです。それがモットーかな」
彼の作品の中に「SNOWY」というシリーズがあります。
雪があることによってより被写体が引き立つとおっしゃっていました。人工物があり、様々な造形物が生まれる。
そこには炭鉱が確かにあり、生活があったという証だと感じるそうです。
炭鉱は多くの人が集まり、生活していた場所。そこでは事故もあった。それも含め疎かに撮れないとも。
たくさんの作品の中で思い出に残る作品を教えていただきました。
沖縄西表島の宇多良炭鉱。レンガの構造物がマングローブで覆われる情景は衝撃的だったそう。
そこに自然の姿を感じたそうです。もちろん美しいとも。
人がいなくなった場所に人間が使った構造物があり、それが自然に還っていく姿に美しさを覚えるそうです。
だから同じところにも何度も足を運ばれ、一貫して炭鉱鉱山を撮り続けていらっしゃるのです。
彼にとって撮影するという行為は、これがなければ生きていけないもの。全て。
そして、アートとは自分の究極の表現。
「人間の記憶は徐々に薄れていくもの。でも写真で残すことができればそれは蘇るのです。だから記録を、記憶を残さなければならないのです」
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※尚、写真は萩原義弘氏からお借りしました。

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